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山東武術螳螂拳

山東螳螂拳の大要

螳螂拳大要

達人への道Ⅱ

月刊 秘伝 2010年 09月号

Archive for '螳螂拳の研究'

1995年、青島での練習動画

「摔捋」という相対練習套路です。右には、王家太極螳螂拳傳人の王元亮師父が座っていて、指導頂いている風景です。太極螳螂拳では摔捋は演練套路でも伝わっていますが、この相対練習との関連は分かりません。参考比較として92年訪問時 […]

趙竹渓先生

趙竹渓先生は1930年代、南方へ螳螂拳を伝播した人物の一人である。その弟子は七万人を超えると言う。独特の風格を持つその拳芸は、螳螂拳を超越した武術であると言える。 我々は2019年春、片桐陽氏からご縁を頂き、カナダの陳慶 […]

莱陽三合功一代宗師李丹伯先生の記念碑発見2

イリアさんが発見した記念碑は、2017年1月3日のネットニュースでは、「地功拳、螳螂拳一代の宗匠、李丹伯民国記念碑が発見」として話題になったようである。 以下ネットニュースの記事を日本語に意訳して紹介する。 「地功拳、螳 […]

莱陽三合功一代宗師李丹伯先生の記念碑発見1

ロシアの螳螂拳研究家であり、文化人類学者であるイリア・プロファティロフ(Ilya Profatilov、青島在住)さんが、三合功(螳螂拳、地功拳、長拳を合わせた李氏拳法)の一代宗師である李丹伯先生の民国時代の記念碑を発見 […]

第一回日本国際螳螂拳交流論壇

9月22日、台湾と日本の伝統中国武術の理解を深め、発展を願って交流論壇を行いました。 台湾側は、中華武道研究發展協會 季昭華理事長及び、雲海武壇傳藝中心の教練五名の参加と、日本側は、日本を代表する常松勝先生、趙玉祥先生、 […]

陳先生との交流会

陳慶沄先生のご好意で、趙竹渓先生の伝えた螳螂拳の交流を4月より数回行っています。 陳先生は香港出身で、竹渓螳螂中国拳術学院でその技術を学ばれました。現在はカナダにお住まいですが、職業として武術を教授している訳ではなく、か […]

1979年ハルピンの螳螂拳

日本太極拳協会に属していた時の先輩E澤さんより、1979年に訪中された時のハルピンの記録として頂いたものです。この頃は、伝統的な拳術が文革の抑圧に耐えて、顔を出し始めた時期ですね。伺った話では第二武術館が螳螂拳社というこ […]

七星螳螂拳の姿

七星螳螂拳については以前からモヤモヤしているところがあった。何故かと言うと、香港や台湾など中国大陸以外では有名なのに、大陸、特に山東省では太極(太極梅花)螳螂拳が主流であり、七星螳螂拳はその名前すらあまり聞かれない。当時 […]

螳螂拳散打18法

◎「中華武林」に表題の内容が記事となっていましたので、今後皆さんの研究材料になればと思い、編集してみました。 内容は以前曲志君老師が発表された套路の応用版の様な気がします。とすれば、赫家の太極梅花螳螂拳のではないでしょう […]

戦前菜陽国術館追憶

中国武術の達人に、人間離れした感じを受けるのは思い過ごしだろうか。また、ただの乱暴者が、達人と呼ばれたのだろうか。螳螂拳の先達の履歴にも、そんな感じを拭い去る事ができなかった。 しかし、この「戦前莱陽国術館追憶」を読んで […]

漫談拳術

張詳三著~七星螳螂拳より 人間の力は、腕・腰・脚に分けることが出来る。これらを合わせる事が体力であり、体力の中では、脚の力が最も重要である。だから拳を練る者にとっては、先ず站歩を行なうのであり、脚の力をつけることが、各流 […]

翻車轆轆捶法

『翻車轆轆捶法』 著者:黄漢勲先師(七星螳螂拳、羅光玉の弟子、香港) (「螳螂拳闡秘」、同名文章を抜粋) 羅(光玉)師はかつて、こうおっしゃいました。翻車は速く而して蟷螂は密なり、翻車は遠いが螳螂翻車は近い、と。螳螂翻車 […]

七長八短とは何か

『螳螂拳の「七長八短」とは何か。』 解答者:孫德(崔壽山再伝弟子、山東省在住)(「中華武術」1988年11月号総第58期、輔導答疑より) 「七長、八短」は螳螂拳の招式中において長短の総目をなしています。これを正確に理解し […]

螳螂拳源流考 其の四

第三の流れは赫連玉の子赫恒路が伝えたものであり、彼は山東省煙台の人であった。 家伝の螳螂拳を受け継ぎ、螳螂拳を細部にわたって修めた人である。ハルピンに来た時には大きな車輪加工場を経営しており、その拳を多くの人に伝えた。現 […]

螳螂拳源流考 其の三

第二の流れは姜化龍が山東省莱陽県趙各庄の人である宋子徳の伝承である。宋子徳は姜化龍と義兄弟であり、同年齢であった。但し宋家は裕福であり、また彼は博学で書を収め、大変螳螂拳を愛した。だから兄として師として姜に従い、懸命に拳 […]

螳螂拳源流考 其の二

梁学香先生の長男、梁井川は清朝末期武科挙に合格し、武術は父からその真伝を得て螳螂拳の技法を発展させた。彼の弟子(第5代)は孫の梁振照であり、現在も海洋県于山④村に住んでいる。 梁学香先生の弟子赫連玉は山東省煙台の人で、梁 […]

螳螂拳源流考 其の一

螳螂拳は明代末期から清代初めに陜西省淳化拳士、王朗(字は文成)が作り出し、伝えたものだ。王朗は、カマキリが蝉を捉える巧みですばやい動きと、激しい動きを見て深く感銘を受け、黏、粘、幇、貼、来、叫、順、送、提、拿、封、閉、勾 […]

螳螂拳源流考~螳螂拳の歴史を求めて~

螳螂拳の伝承には様々な説が有り、民間で伝承されてきたため、資料もあまり残されていない。中国から出版されている武術雑誌の中に非常に史実をまじめに考察したと思われる資料が有ったので、是非ここに紹介したいと思い訳を試みた。 中 […]

螳螂拳創始伝説その三

螳螂拳の創始人、王朗という者、山東即墨王龍堡の人なり。その父、名は王滿堂、家資は滿貫、良田は千頃(十万畝)たり。その人となり、性情は人に厚く、誠実たり。ただその一生に僅かに一子のみを授かる。すなわちその子が、王朗なり。王 […]

螳螂拳創始伝説その二

明末、魯の人、王朗、少林寺に於いて武を学ぶ。藝成りて遊に出づるに、單通という者に遇う。單通、その身は天生の通臂たり、その臂は左右相通ずるにあたう。二人技を較べるに三日三晩あり、されども王の技、單通の身に及ばざる。 王朗か […]

螳螂拳創始伝説その一

朱明の末葉、山東人の王朗という者あり。国の乱れを目にし、時に献身報国を思えども、やるかたなく、河南嵩山少林に身を投じ、藝を習わんとする。清兵が關に入り、王もまた単身、難に赴くが、内奸売国の者に阻まれ、用を得ざる。国が滅ぶ […]