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2004年合宿レポート

今年の合宿は少し早い。
11月の連休が3連休になっていなかったからだ。
それにしても例年素晴らしい秋晴れの中の合宿であったが今年はあいにくの雨であった。
ただの雨ではなく台風の雨だ。
今年も西武秩父駅に各分会の仲間が集い長若山荘のバスを待つ。
関東のディーゼル規制と言うことと古くなっていた長若山荘のバスが新しくなっていた。

今年の合宿の内容は基本功が中心だったが、いつもいつも色々と考えさせられる。
基本功は大抵左右行うが、普段自分の好む動きや套路の動きばかりをやっていると、どうしても体の可動範囲が限定されて行くような気がする。
基本功を左右均等に行うことで、体の可動範囲を維持すると共に体力も維持できる。
また基本功と言う単調な動きの中に常に自分の動きを疑いを見つけ、それを解消し洗練することにより套路の動き、螳螂拳の技術向上につながると思う。

最後に今年は酒の消費量がとても激しかった・・・。

管理人


という訳で合宿お疲れ様でした。
レポートの投稿が遅くなったことを深くお詫び致します。

今年は各分会から感想文を書いて頂きました。
まずは名古屋分会戦う社会人鈴木さんです。

2004年の合宿は、大型台風の接近で波乱の幕開けとなりました。
私は仕事の関係で、1日目の練習からは参加できませんでしたが、 その日の夜からは合流することができました。
遅れて民宿に着いた瞬間、台風の中でも練習場で自主練習 を熱心にしている会員の方の姿が見えました。「やはり」と思うと同時に熱いものを感じざるをえませんでした。
教わったことは、そこで終わります。しかし、継続する術を持たないことには功夫を練ることはできないと思うからです。
それを行っている姿はかっこよかったですね。

また、2日目以降みなさんとの合同練習でははいつも新しい発見をさせられます。
定例練習とは違うメンバーで行うため、体格、間合いが勉強になるんでしょうね。だから自分に不足
している部分が見つかり、持ち帰れるかと考えます。また、気持ちよく汗をかけました。

夜も懇親会で盛り上がることができ、時間を忘れて騒ぎましたね。
これも合宿での醍醐味。楽しかったです。また、騒ぎましょう!

やはり、1年に一回のお楽しみ。これは、やめられません。
次回もみなさん、一緒に集いましょう。

名古屋分会 鈴木


続いて女子代表、中学生五十嵐さんです。

 私は3日間秩父の山奥にある長若山荘での合宿に2回目の参加をしました。
老螳螂の合宿では朝・昼はみんなで練習。夜は個人練習の方が多いです。
  私はみんなと練習をして、自分には考える力が足りなんだと思いました。
例えば套路練習をみんなでしている時、周りのみんなは根本先生の動きを見てすぐできているのに、私はなかなかできませんでした。
ある套路のときも何回も見たりやったりしてもできない動作がありました。
その時齋藤先生に、私の場合上半身の動きが硬くなったり上半身や下半身などの動きが バラバラでまとまりがないと言われ、その通りだと思いました。
でもこういう事は自分で気づかなきゃいけないんじゃないかと思い、自分で気づくためにも これからは自分で考えれるように努力したいです。
  みんなと練習すると、他の人が根本先生に注意されたりしていたら自分も気をつけようとするし、逆にほめられていたら真似しようとも思います。
個人練習も大切ですが、私はみんなと練習しているほうが楽しいです。
今年の合宿も根本先生やみんなと練習できて楽しかったです。
来年も合宿にいけるといいなー

札幌分会 五十嵐


次はまたも中学生、市川分会の日暮くん(初参加)です。

 今回がはじめての合宿でしたが、最初はかなり緊張しました。他の分会からどんな人が来るのか、どんな練習をするのか、 そんなことばかり考えていました。
  やがてそんな事ばかり考えているうちに合宿の日になりました。池袋で待ち合わせと言うことで父親に池袋まで送ってもらい、しばらく駅内をうろついている内に同じく今回初参加のKさんと出会いました。後に市川、札幌、名古屋の方達と出会うことが出来ました。いきなり名古屋のGさんに「職業は何ですか?」 と質問され思わずビックリしました。
  そして目的地に着き、1時間後練習しました。その日は羅漢拳の捻手拳という対練の一路を学びました。やってると腕が凄くイタイもので・・・・・既に痣なんて出来ていた人もいました。なんだか一種の排打功のような感じがしてきました。
  こうして1日目の練習が終わり、大人たちの飲み会(というより拳法談義?)で名古屋のGさんが台湾のS先生の事をマニアック的に話したり、一撃必殺の技について語っていたのが印象的でした。また螳螂拳の酔羅漢という套路の話が少し気になりました。
  2日目からは捻手拳の二路や五歩拳という套路を学びました。そして、連手拳の一路の復習もしましたが、根本先生とやった時は何発か入ったような気が(汗)
  こうして楽しい3日間は過ぎてしまいました。今回合宿で学んだことを今後の練習で活かしたいと思います。

市川分会 日暮


最後は大学生代表の市川分会の山田くんです。

2004年合宿に参加して今年の合宿に参加して主に感じたことは、自分の基礎がまだ甘いこと、練習中、相手をはっきり意識できていないこと、そして、合宿は面白いということです。
  今回の合宿は比較的に基礎練習に重点をおいたメニューで進められ、普段の練習で自分がこなしているものと、さほど変わらないものであったにもかかわらず、2日目には、全身が筋肉痛になってしまいました。そして、自分ではできていたつもりの動きも直され、もっと精進しなければと思いました。
  次に、相手を意識ができていないと感じたのは、ミット打ちの際の癖を指導していただいたのがきっかけでした。私はミット打ちにおいて、突く前に出す手の意味を考えず、突くことだけに意識をおいたり、突き終わったらすぐに気を抜いたりすることが癖になっていました。ミット打ちでも相手を意識すること、また残心を忘れないことが重要である。 という指導があった時、ハッとしました。特に残心は自分が剣道をしていた時、最も重要なことの1つで、常に意識するよう心がけていたのに、いつの間にかそれを忘れていたことが情けなく思えました。
  最後に、やはり合宿は面白いと思いました。先生をはじめ、全国の幅広い年齢層の方々や、普段指導して頂いている先輩方と3日間を共に過ごすことはとても新鮮で、練習は勿論それ以外でも話を聞いたりすることで、充実した3日間を過ごせたと思います。有難うございました。また来年もよろしくお願い致します。

市川分会 山田

2003年合宿レポート

  2003年11月1日。ダライ・ラマが数年ぶりにはるばる来日したこの日、「どんな芸術もどんな哲学ももたらすことの出来ない光を人に与えることの出来る」宗教という偉大な概念なんぞはそっちのけの別の集団が、もうすっかり定番と化している秩父山の山麓にこぞって集結していた。
  「紅葉くらい見れるかと思ってたけど。まだだねー」
  「あったかいですよねえ、こっちは。北海道なんかもう寒いのに。気温一桁ですよ、一桁!」
  「えー、嘘みたい。だって昨日まで10月だったのにー」
  「あ、そうそう。山田君、ちょっとその槍貸して」
  「お、いい槍じゃないですか」
至って呑気に会話は交わされているが、その端々に尋常ならざるものが顔を覗かせる。だって槍ですよ槍。核だのミサイルだのが幅を利かせているこのご時世に!
  そんな彼らの正体は勿論、毎年恒例の日本老蟷螂拳研究会の合同合宿参加メンバーの皆さんである。今年も小人数だが、全国から選りすぐりの精鋭たちが集まった。
  今回は初参加のメンバーの割合が高かったためか、根本先生も慎重にことを進め始める。各自目標を持ってその達成を目指すこと。せっかく仲間もいることですし、この時間をおおいに活用してくださいといういつものご挨拶のあと、まずは全員揃っての準備運動から入り、小八式など站椿をこなした後、単式練習へと入る。順歩、拗歩の突きから始まり、零集十式へ移行。基本を一通り皆さんで更にこなし、わずかばかりの休憩を挟んで、ようやくメインに突入。ビギナーさんたちは梅花手や崩歩拳を、ベテランの皆さんは摘要を。パターンとしては割とお決まりのコースではあるが、何だか皆さん、今回ばかりはいつもと姿勢の良さが違う。
  それもそのはず。今回初参加のメンバーの割合が高かったことは既に述べたが、この初参加メンバーの皆さんが、これまたどいつもこいつも一筋縄では行かない強者ぞろいなのである。いきおい、古参メンバーの皆さんも気合が入っちゃうわけなんですね。

 まずは大阪分会の三名、北井氏、奥本氏、そしてゲイリー氏。北井、奥本両氏は双方ともに他門派武術経験者であるためか、お二人とも恐ろしく動きが良く、思わず舌を巻いてしまうほど、何を教えても飲み込みが早い。理解もいい。そして何より、まだおぼつかない日本語を巧みに操りながら教えを請うゲイリー氏。その根性だけで脱帽ものである。思わぬ国際交流の機会にたじたじとしつつ、改めて腹を据えてしまう一同なのであった。
  対し、北海道からは女性が多く参戦した。うち初参加者は二名、長内嬢と五十嵐嬢である。二人とも札幌分会の誇る、見事な女性武術家である。やはり女性が多いと、男性の皆さんは計らずも気合が入ってしまう。良い傾向である。
  更に恐るべき事に、五十嵐嬢は若干13歳。如何にも無邪気そうなあどけない顔をして良い大人の皆さんを可愛く魅了し、すっかり骨を抜いて油断させきったところで鋭い蹴りが飛んでくる。隠そうとしても隠しきれないその痕跡。本人は意識していないあたりがこれまた末恐ろしい、いやいや将来が楽しみなお嬢さんだと、くっきりと濃い痣になった五十嵐嬢の蹴り跡を密かに気にしつつ、誰もが畏怖……じゃなかった、心躍らせていたことは言うまでもない。

玉環刀練習風景

  いやあ、しかし今回は大変でした。何と言っても困ったのは時間外玉環刀練習グループの皆さんである。これは非常に長い套路なのであるが、驚いたことに、初めて習ったはずのほぼ全員が、夕食から就寝までの短い時間の間に、市川分会・日野氏の指導のもと、マスターしきった……とはいくらなんでもさすがに言えないが、形だけはなんとか覚えてしまったことである。
  「非常識な時間で詰め込んでますから、多少のことは仕方がないですから、焦らないでください。来年もありますし、それ以外でも機会はあるかもしれないし」
  困り顔で最初はそう言っていた日野氏だが、最後になるとやけに呑気な口振りで、
  「あれーおかしいなあ、俺、最初は名古屋分会の鈴木さんにだけ教えるつもりでいたのに、何でこんな大勢に教えてたんだろう?まいっか、これで全分会に玉環刀行き渡ったしー」 とおっしゃっていたのが印象的であった。

 繰り広げられるそんな凄まじい光景の脇では、五十嵐嬢と市川分会の若手ホープ山田氏が、根本先生から直々に総合蟷螂拳の套路を伝授されている。根本先生直伝というだけあって二人とも必死の形相である。殊に、五十嵐嬢のように可愛く周囲を魅了できないという点で既に彼女に負けている山田氏にいたっては……と言いたいところだが、根本先生から直接新しいことを習ったのが嬉しかったのか、終始、彼は寒い中半袖半ズボンでにこやかに微笑み続け、こいつは一体何がそんなに嬉しいんだ!?と、見る人を驚愕の中に落とし込むのであった。
  そして更に体育館の片隅には、頑張り過ぎたあまり怪我をしてしまったため動けず、悔しそうに時間外稽古を見ている札幌分会・土合嬢の姿が。寒いんだから部屋であったまってTVでも見てればいいのにと思うが、見るだけでもいいからせめて同じ場所にいたかったのだろう。考えてみれば、時間外稽古なのだから必ずしも参加しなくていいのに、休んでいる者は一人もおらず、何と全員が体育館にいたのだ。

そんなこんなで、今年の合宿は異様に早く走り去ってしまったような気がする。短い時間をあますところなく使い切り、持ち帰れるだけのものを持ち帰ろうと躍起になっていた参加者たち。普段、仕事や学業でなかなか実現は難しい、練習にのみ専念するというこの僅かな三日間の間に、必死でかき集めた両手いっぱいの戦利品たちは、どんなに使っても決して消えてなくなることのない、むしろ飽くことなく使えば使うほど磨かれて行く。そうなればたとえダライ・ラマの教えにだって決して劣らない、かけがえのない素晴らしいものたちである。今回の参加メンバーの皆さん、是非うんと活かして、今回参加できなかった人たちのために、そして何より自分自身のために役立てて下さいね。

市川分会 飯塚

2002年合宿レポート

  今年もまたこの季節がやってきた。
  夏の汗臭さも一段落し、寒稽古と洒落込むにはやや早い、合宿には季節外れのこの時期に、螳螂拳士たちは毎年、こぞってどっかの山奥に集結する。今年は、既にメンバーのほぼ全員が宿の常連となっている奥秩父。「せっかく秩父まで来たんだから温泉いきたーい!」などと西武秩父駅前のバスロータリーで叫びつつ、「今年はどんな合宿になるかな?どんな練習しようかな?」と、心は既に山奥のぼろっちい体育館に飛んでいる不思議な人々、それが日本老螳螂拳研究会のメンバー達である。

 宿のご主人の運転するマイクロバスに迎えられ、一行は山奥の練習場に向う。山道をのんびり辿るバスはなかなか止まらない。人里離れた場所にある会場は、携帯の電波も届かないという関東地方にあるまじき恐ろしい場所である。ちなみに夜は外灯もない。音を上げたものがいても、決して逃げられないのである。それでも遠足に出かけるようにはしゃぎまくる会員の面々、一体何が彼らをそうさせるものやら。
  ようやく到着すると、長旅の疲れを取る間もなく一同、着替えて体育館へ。寒い中、もくもくと練習に備えてストレッチをする孤高の姿たち。中には半袖、半ズボンという信じられない姿の者もいる。この気合の入りよう、日頃の練習風景が目に見えるというものであろう。頃合いを見て、根本先生が立ち上がる。
「ではそろそろ体も温まったかと思いますので、練習に入りたいと思います。今回は自由練習もいいでしょう。それぞれ自分の目的があると思いますので、達成することを考えて三日間頑張りましょう」
  根本先生のご挨拶と共に、いよいよ練習が始まった。
  今回初級班を中心に名古屋分会の大野徹氏による指路拳、小翻車の指導が中心となった。また上級班は摘要拳、八肘拳を行った。
  大野氏は仕事の名目で念願の中国行きを実現、その上中国の王秀遠老師に拝師までしてしまった日本老螳螂拳研究会きっての強者の一人。二年前の10周年記念合宿では、彼の兄弟子に当たる青砥満氏がこの二つの套路の指導にあたったが、今回、大野氏の指導してくれらそれらは、青砥氏の伝えてくれたものとは多少、ところどころで異なる味を持っていた。
「ここの所、青砥さんはこのように教えてくれましたが、私が習ったものはちょっと違っています。青砥さんの時はこのような動き、こういう説明を頂きましたが、私の時はこのような動きでした。これの意味は……」
  形よりも意識に重点を置いた指導を展開する大野氏を、会員達は鋭い眼差しで見つめる。前回習ったものと混同する恐れがあるので、一瞬たりとも気は抜けない。一人で研究や練習をする範囲は限られているが、だからこそ、それぞれの研究の成果を発表しあい、伝え合う事が出来るのがこの合宿の最大のメリットであろう。

 あっという間に時間は過ぎ、食事の時間となった。練習時間は夕食までだが体育館は自由に使用できるため、食後も三々五々と会員が集まり、吐く息の白くなっていく中、空気の次第に鋭くなっていく中、それぞれの練習を行っていた。それぞれの目的を達成――根本先生の言葉が活きる。
「こんなに寒いんだから、もうそろそろ止しなさい。合宿が終わったらまた仕事に戻るんだし、風邪を引いたら困るだろう」
  すっかり冷えてしんと静まり返った夜更けに、先生がそう声を掛けるまで、有志たちの自由練習は続けられた。
  練習ばかりではない。毎年恒例の夜更けまで続く飲み会も、一年に一度しか逢えない全国各地の仲間たちとの貴重な懇親会である。冗談交じりにお互いの近況報告や仕事の愚痴などを交わしながら、こんな時にまで、武術談義に花が咲く。
「何故武術をやるのか、と言われたら……?」
「うーん、自分が強くなっていく事に充実や快感を覚えるからかな」
「それって結局は自己満足だよね。でも、ここまで徹底して自己満足を追求できるものって、他にあるかな?」
  この仲間たちといると、当たり前と言えば当たり前であるが、自然に話しは武術に飛んでしまう。それがまた、面白くて仕方がないのだからやはり妙な集団である。
  そんなふうにして今年もまた、過ぎていく時間を一瞬たりとも無駄にすまいとばかりに、身も心も練習三昧の三日間を、会員たちは送ったのであった。真剣な眼差しにもふとこぼれる笑顔にも、武術が好き、螳螂拳が好き、との純粋な思いが漲っていた。
  日本一素敵な螳螂拳馬鹿どもの集まり。私はこの会をこう呼びたい。

市川分会 飯塚